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我々のところに転職相談にやってきたMさん(27歳)は、こう言っては失礼になるが、パッと見、冴えない印象の人物だった。
実年齢よりも10歳は老けてみえる顔立ち、メタボリックな胴回り、まとまりの悪い髪型…。ところが、その外見とはうらはらに、Mさんは世界を飛び回るやり手の商社A社の海外営業(バイヤー)だった。

Mさんの職務経歴の内容は、どこに出しても恥ずかしくない素晴らしいもの。話しぶりも、(年齢に不相応なところはそのままだが)実にしっかりしていた。
「このどう見ても20代に見えない容姿が僕の武器なんです」
Mさんは手を広げて体を揺すった。
「どこへいっても、軽くあしらわれることはありませんから」
彼がそう言うのも当然だった。Mさんの実績は、入社からわずか5年にしてA社のトップクラスに達していたのだ。

だが、Mさんはこの時、海外の仕事の一線から身を引こうとしていた。
「海外に行くと、いろいろと嫌な経験もするものですから…」
最初のうちMさんは詳細についてボカした表現をしていたが、我々が「嫌なことを回避できる方法があるのでは?」と、何度か聞くと、仕方ないという様子でため息をしつつ、「エージェントさんには本当のところをお話ししておいた方がいいようですね」と、話を始めた。

Mさんは得意の語学を活かして、アジアの国を中心に各地をまわり、食料品の買付けを行っている。バイヤーであるMさんは、相手からすれば大切な取引相手。そこで、こちらの気を引こうとありとあらゆる接待の手をうってくるというのだ。
「日本人にとっては前時代的で信じられないことですが、向こうで宿泊すると、夜、女性が尋ねてくるんです。それも、こちらがビックリするような美人が。接待の一貫なんでしょうね」
Mさんはそう言って本当にイヤそうな顔をした。
「どの国にもその手の産業はありますし、上司も断ってしまえばそれで終わりなんだからって言うのですが、いつもしつこく誘われますし、そういうことが延々と続くと、人間不信…女性不信になってくるような気がして」

Mさんにはその頃つきあいはじめたガールフレンド(日本人)がいた。彼女のためにも、もう海外には行きたくないのだと彼は言った。
「お恥ずかしい話ですが、僕はこんな風ですから、人生で女性にモテた経験なんてありません。そういう自分を彼女は認めてくれた。彼女のことは絶対に裏切りたくないんです」
純情な話である。
「シラフの時なら、誘惑には絶対に負けない自信がありますが、僕は酒に弱いですし、相手によっては杯を断ることが出来ないこともあるんです。前後不覚になった時まで、間違いを起こさないとは言い切れません。いや、そもそも、彼女に僕がそんな風に言い寄られていると知られることも嫌なんです」

これはずっと後、我々がMさんとリレーションを深めてから教えてくれたことだが、彼の両親は父親の浮気によって離婚をしていたのだそうだ。Mさんには、父親と同じ間違いをおかしたくないという気持ちもあったのだろう。

Mさんのその後の転職に関しては、特に劇的なことはおこらなかった。普通に数社へ応募をして、希望通り国内勤務で、それでいて語学力も活かせる仕事を見つけ、無事に転職。彼女ともうまくいっているというハッピーエンドだった。
ひとつ付け加えると、Mさんは転職活動中、応募先の面接で本当の転職理由を一切口にしなかった。言った方がよかったのか、言わない方がよかったのかは、わからない。結果オーライということで、Mさんも了解している。
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